逃走タイムライン

2007年3月26日〜2009年11月10日 / 市橋の行動(左)と捜査・メディア動向(右)を対比

フェーズ絞り込み:
①逃走初日
②北上断絶
③青森
④四国遍路
⑤沖縄1〜2期
⑥神戸就労
⑦長期潜伏
⑧最終逃走
捜査・報道
日付 / 場所
市橋 達也 ― 行動記録
捜査 / メディア動向
PHASE 1フェーズ① 逃走初日2007/3/26〜27
2007/3/26 21:40
千葉・市川市福栄二丁目
刑事来訪 → 即座に逃走
マンション4階に私服刑事4名が任意同行を求めて来訪。市橋は玄関側で刑事を振り切り非常階段へ全力ダッシュ。片方の靴が脱げる。
リンゼイ・ホーカーさん失踪事件で重要参考人として訪問
ベランダの浴槽に埋められたリンゼイさんの遺体を発見。
2007/3/26 21:43〜
千葉・住宅街
非常階段→駐車場→住宅街を逃走
マンション駐車場の柵を越え、住宅街を左折右折しながら逃走。一度は刑事に羽交い締めにされるも振りほどき、東方向へ逃走。
警察が四方から包囲
「おーい、いたぞ」の声。包囲体制を形成するも市橋は振りほどく。
2007/3/26 21:45〜
千葉・市川市内
住民に助けを求めるが拒否 / 裸足になる
マンション1階の庭に入り住民に「かくまってください」と懇願するも拒絶。ガラス片で両足負傷し靴・靴下を失い裸足となる。所持品:Tシャツ・ジーンズ・腕時計・財布・マンション鍵・USBプレーヤーのみ。
2007/3/26 21:50〜
千葉・妙典駅方面
ゴミ捨て場からジャンパーとサンダルを入手
行徳駅は危険と判断し「最低1駅離れる」として妙典方面へ走る。ゴミ捨て場からジャンパーとサンダルを拾い着用。近くの江戸川沿いで葦の茂みに入り休息。
「西船橋方面へ逃走」と誤認
警察は西船橋周辺のラブホテル・漫画喫茶を重点捜索。市橋が東京方面へ向かったことに気づくまで時間がかかった。
2007/3/26 21:55〜
市川大橋付近
市川大橋を越え放置自転車を入手
市川大橋の階段を上った際にパトカーが通過。階段の陰に伏せてやり過ごす。橋を渡った先で放置自転車を発見し乗車。コンビニへは近づかず。
2007/3/26 22:00〜
市川市内・線路沿い
🎒 所持品:Tシャツ・ジーンズ・腕時計・財布・自宅の鍵・音楽プレーヤー(金額の記載なし)
交際女性に電話→話し中で断念 / A駅を発見
携帯で交際中の年上女性に電話するも話し中で断念。自転車で住宅街を走り続け線路を発見。線路沿いに進むと<A駅>のホームが見えてきた。
2007/3/26 深夜
東京・上野→東京大学付属病院
A駅から上野駅へ / 病院トイレで鼻を自己縫合
A駅から電車で上野駅へ(終電前に到着)。アメ横のコンビニで裁縫道具購入。東大付属病院の障害者用トイレで針を使い鼻を何度も縫い合わせる。大量出血。「とにかく顔を変えたかった」。両親ともに医師という家系が背景に。
2007/3/27 早朝
東京・秋葉原
秋葉原で野球帽・靴・リュック・菓子を購入
病院を出た後、目的地なく上野エリアを徘徊しいつの間にか秋葉原に到達。深夜でも人が多い街で監視カメラを意識しながら移動。店舗で変装用品・食料を購入。
千葉・行徳警察署に捜査本部設置 / 指名手配写真公開
警察犬による臭気追跡を実施→行徳駅付近で臭気が途絶える。同地点で靴下のみ発見。妙典方面への移動を示す証拠。
2007/3/27 早朝
秋葉原→B駅
秋葉原から電車でB駅(終点・不明)へ
秋葉原駅から電車に乗りB駅へ。終点駅で駅舎は高い場所にあり階段が長く、周辺に若者向けファッションビルがあった。「TXつくば駅説」あり。B駅周辺で図書館を発見→新聞で事件記事を確認するも未掲載だった。
2007/3/27 朝
B駅→熊谷駅(埼玉)
💰 所持金:約5万円(本人供述)※矛盾を指摘する声あり
ドラッグストアでアイプチ購入 / 熊谷駅へ
B駅周辺のドラッグストアでアイプチ(まぶた用接着剤)購入。再び電車に乗り午後に熊谷駅着。住宅地の公園で夕方まで睡眠。公園向こうに単線(秩父鉄道?)が走っていた。スーパーで食料購入後、夜の熊谷駅で帰宅ラッシュに恐怖を感じる。
PHASE 2フェーズ② 記憶断絶・北上期2007/3/27〜4月初旬
日付不明
場所不明
車に起こされる / 駐車場で仮眠→リュック回収
住宅街の駐車スペースで眠り込む。バック駐車の車体に身体が当たり逃走。忘れたリュックを取りに戻り回収。
日付不明
茨城県内
水戸ナンバーで茨城と認識 / 自分の記事を初めて目撃
水路が張り巡らされた農地。朝霧の中を歩き続け、車のナンバーが「水戸」と気づき茨城を認識。道路から見える小規模駅で新聞に自分の事件記事を発見→恐怖から入らずに逃走。スーパーのゴミ捨て場で残飯・衣服を調達。
日付不明
茨城→群馬方向
工場地帯→高架線路沿いを歩き前橋駅へ
工場地帯を抜けコンクリート高架橋に沿って移動。「常に線路に沿って歩き続けた」と述懐。前橋駅に到達(比較的大きな駅設備が都市感を伝えた)。「自然と足が南へ向かった」。群馬の公園でTV撮影クルーに遭遇し退散。深夜に鍵開きの車で仮眠。
日付不明
群馬・C駅→熱海
C駅(群馬・不明)から電車で熱海へ
C駅から「観光客が多く二人掛けシートの電車」に乗車。熱海に到達。熱海は人通りが多く心理的圧迫。山道に入り眼下に熱海の夜景・駿河湾の入り江を見る。「南へ進んでいる」感覚。福岡の友人が頭に浮かぶ。
2007/4/1
東京・駐日英国大使館
グレアム・フライ駐日英国大使が記者会見
市橋逮捕への協力を要請。被害者家族の活動支援を開始。
2007/4月初旬
熱海→東京駅→新潟
南下を中断 / 北へ転換→東京駅→新潟へ
「メール履歴から行動を読まれる」と懸念し南下を中断。「北の青森方面へ」と方針転換。記憶が消失し気づくと東京駅に立っていた。東京から新潟方面の電車に乗車(在来線か新幹線か不明)。「もっと北へ」と方針再確認。
PHASE 3フェーズ③ 青森滞在2007/4月中旬〜下旬
2007/4月初旬
新潟駅
新潟着 / 白人女性を見て途中下車
新潟駅着で記憶が再開。在来線でD駅へ向かうが車内の白人女性の視線に怯えて途中下車。D駅(長岡駅?)で駅員から「アケボノに乗るのか?」と声をかけられ緊張。線路沿いを歩き1日中歩いて元の駅に戻ったこともあった。
2007/4月初旬〜中旬
日本海側
日本海側を北上 / 無人E駅・木造F駅・G駅・H駅を経由
左手に海を見ながら線路沿いに複数のトンネルを通過。民家からTVで自分の事件報道が聞こえ急いで離れる。渓谷沿いに無人E駅で休息。カッターで下唇切除を試みるも痛みで断念。山間部のバスに一人乗車し木造のF駅で下車。線路沿いを徒歩でG駅→電車でH駅(海沿い・過疎地域)へ。
2007/4月中〜下旬
青森・青い海公園
💰 所持金:ほぼ底をつきかける
青森駅着 / 橋脚の隙間を寝床に約1週間滞在
深夜に青森駅着で記憶が明瞭になる。青い海公園の橋脚の隙間を寝床とし約1週間滞在。昼間は市内を歩き夜は公園へ戻る。障害者トイレで求人誌を読み複数の求人に応募するも全て不採用。「想像以上に青森は仕事が少なかった」。図書館で報道確認後「青森にいてはいけない」と感じる。公衆トイレで下唇の両端をハサミで自ら切り取る。
2007/4月下旬
青森→(寝台特急日本海)→大阪
青森・大阪直通列車で出発 / 大阪へ
駅前ポスターで青森〜大阪の直通列車を発見(当時この区間を直通したのは寝台特急「日本海」とみられるが、本人は列車名を述べていない)。仕事を求めて西日本へ。青森→新潟で一旦下車後、特急のトイレに隠れ「次は京都」のアナウンスを聞くも「京都で降りると捕まる」と判断しそのまま乗車。翌朝、大阪駅着。
PHASE 4フェーズ④ 大阪・西成〜四国遍路2007/4月下旬〜5月中旬
2007/4月下旬
大阪・中之島〜西成
中之島図書館で西成を調査 / 初めて手配写真を交番で直視
大阪着後、中之島の大阪市中央図書館で「あいりん地区」「西成」を調査。西成へ移動するも職安は時間外。交番で初めて自分の指名手配写真を目で確認。家族へ2回電話(警察が後に通話記録で確認)。
2007/4月末
大阪→岡山→高松(四国)
四国遍路を決意 / 高松で遍路開始
西成でも仕事が見つからず。小説『四国』を思い出し「お遍路で死者がよみがえる」と信じて遍路を決意。「本当にリンゼイさんを生き返らせるつもりだった」。岡山駅で公園休息中に警官に声をかけられ逃走。翌朝、瀬戸大橋近くのI駅(無人、上の町駅説)から高松着。高松の書店で遍路本を購入。1日20km程度の遍路を開始。
2007/5月上旬
四国(香川→徳島→高知)
時計回りの遍路 / 四万十川で2日間の休息
香川→徳島→高知と時計回りに遍路。漁師町の寺、ビワ畑でのビワ盗み食い、「海洋深層水」の看板(室戸付近)、崖沿いの巨大な空海像、川沿いの大量の鯉のぼり(四万十川十町のこいのぼり公園?)を通過。四万十川の草むらで2日間安穏に過ごす。交番で手配写真を見て「四国でも危ない。無人島に行くしかない」と感じる。
2007/5月中旬
高知→愛媛・松山
高知図書館で離島調査 / 遍路中断→松山へ
高知の図書館で沖縄離島を調査。「フェリーで大分→鹿児島→フェリーで沖縄」と計画。遍路を中断し松山へ。フェリーターミナルの公園で一晩過ごし、翌朝フェリーで大分へ。
2007/5月中旬
松山→大分→鹿児島
松山港から大分へフェリー / 電車+徒歩で鹿児島へ
松山港発→大分昼着。徒歩で大分市街→JR大分駅から乗車と推定。途中でキセル乗車、車掌に発見され1000円を徴収される。なんとか鹿児島着。新港フェリーターミナルの公園で野宿し翌朝乗船。
PHASE 5フェーズ⑤ 沖縄潜伏 第1〜2期2007/5月中旬〜9月
2007/5月中旬
沖縄・那覇(漫湖公園)
フェリーで那覇着 / 漫湖公園を拠点に
那覇着後、市内を歩き漫湖公園を拠点に。果実の盗み食い・残飯漁り・ホームセンターで離島用物資購入。
2007/5月下旬
沖縄・オーハ島(第1次潜伏)
オーハ島第1次潜伏 / 自給自足失敗で撤退
那覇→久米島フェリー→奥武島→干潮時に200mの海峡を歩いてオーハ島へ。アスファルトに動揺。東側の海岸に移動し隠れ家を構える。釣りで魚は釣れず。貝・ウニ・ヤドカリ・海老などを食料に。水の確保に失敗し生活破綻。農作業老人に遭遇し「ここでは働けない」と断られ小舟で奥武島へ送ってもらう。フェリーでキセル→土下座謝罪で許される。
2007/6月頃
沖縄・那覇
那覇で日雇い就労 / 身元疑惑で逃走
漫湖公園での野宿・アルミ缶収集から日雇い土木職を獲得(逃走後初の安定収入)。数ヶ月ぶりに入浴。しかし緊急連絡先・住所の虚偽が発覚し「高橋さん?」と声をかけられ危険を察知。
2007/6/27
東京・被害者家族活動
被害者家族が専用サイト開設・顔写真入りTシャツ作成
情報提供を広く呼びかける活動を展開。
2007/6/29
東京・英国大使館
英国大使が記者会見 / 手配ポスター6000枚配布 / 懸賞金100万円
事件が国際的な注目を集める。懸賞金制度が適用され100万円の懸賞金がかかる。
2007/6〜9月
沖縄・オーハ島(第2次潜伏)
オーハ島第2次潜伏 / 3ヶ月間の生活
島の西から時計回りに移動。昼間は隠れて夜行動。週1回奥武島に泳いで渡りペットボトル7本に水を補給。カニ・タコ・貝・ウニ・海老・ナマコ・ヤドカリ・ヘビを捕食(ヘビは美味とのこと)。野菜盗みと栽培試みも失敗。食料が尽きかける7月7日頃、左頬の黒子ふたつをカッターで切り取る。大阪で稼ぐことを決断。
PHASE 6フェーズ⑥ 大阪・神戸就労〜整形第1回2007/9月〜2008/2月
2007/9月
大阪・西成→神戸(飯場)
フェリーで大阪着 / 神戸の飯場で解体作業
那覇→大阪フェリー(2日)→西成。ハローワーク前で日雇い斡旋を受けヤクザ系の神戸飯場へ。郵便局解体などに従事。月収25万円。ウエストポーチに全財産を常時携行(逃走準備)。飯場に手配ポスターが貼ってあり「いつか自分も貼られる」と覚悟。
2007/10〜12月
神戸・姫路の現場
結婚式場・歩道橋・姫路等の解体現場 / 月収30万超
10月以降、結婚式場の解体・歩道橋解体の夜勤・姫路方面の解体など。11月の給料は30万円超。
2007/12月
神戸飯場→大阪→整形決断
💰 所持金:約80万円
TV特集で身バレ危機 / 飯場から緊急逃走
TVの「逃亡者追跡企画番組」で自分が特集される。翌日同僚から「昨日のテレビ見たか?」と声をかけられ、同僚の携帯に03番号の不審電話が入る。即座に逃走決断。バス→電車で大阪へ。
2007/12月下旬
大阪→(和歌山年末休診)→大阪で整形第1回
💰 所持金:約20万円(60万使用)
鼻の整形手術(60万円)
漫画喫茶PCで整形外科を検索。和歌山のクリニックへ移動するも年末休診。大阪府内の美容外科で即日手術(身分証不要・日帰り)。60万円支払い。術後は漫画喫茶で療養、抜糸は自分で実施。
2008/1月
大阪→福井→パトカー来訪で即逃走
福井の山中現場 / パトカー巡回で荷物置き去りに逃走
山中での高速道路造成現場。しかしパトカーが事務所へ巡回してきたため荷物を置き去りに裏口から逃走。電車で大阪へ戻り中之島公園近くで寝袋生活。
2008/2月
大阪南港→オーハ島(第3次潜伏)
大阪南港フェリー→那覇→オーハ島第3次潜伏
大阪南港発フェリーで那覇へ。久米島→奥武島→オーハ島。今回はコンクリートブロックの無人小屋に居着く。サトウキビを盗み食い。1〜2週間後、突然「TDLに行きたい」という衝動で本州へ戻ることを決断。
2008/2月下旬
沖縄→大阪→高速バスで東京
TDL目当てに本州へ
久米島→那覇フェリー→大阪南港着。モノレール終電済みで徒歩で大阪市街へ。海沿い公園で野宿後、高速バスで東京へ。
2008/3/13 千葉県警が「茶髪・眼鏡・女装」の2種類の手配ポスターを公開
A3版4000枚・A4チラシ3万枚を配布。3月18日には似顔絵メモ・遺留品(リュック・靴下)も公開。
2008/3月
千葉・新浦安→TDL
東京ディズニーランドを訪問 / 大学の知人3名と偶然遭遇
新浦安駅着。TDL横の運動公園・イクスピアリ・TDLへ。交番に巨大な手配写真。大学の知人女性3名と偶然遭遇するも、サングラスと髭で気づかれず。「特に楽しくはなかった」。夜行バスで大阪へ。
千葉県警がTDL地下通路まで捜索済みだった
(市橋は逮捕まで知らなかった)
2008/3〜6月
兵庫・加古川
加古川の土建会社で就労(「井上康介」名義)
兵庫県加古川の土建会社から複数現場へ派遣(2/29〜6/26)。河川敷整備・住宅造成・工場解体など。同僚とのトラブルを反省し「はい」「わかりません」のみの対応に徹する。
2008/6/26
加古川→大阪
💰 所持金:約40万円
懸賞金100万円を知って緊急逃走
ニュースで懸賞金100万円を知り周囲の視線を恐れて翌日に逃走。大阪入り。オーハ島4回目の準備(防犯スプレー・英語教材も購入)。
PHASE 7フェーズ⑦ 長期潜伏(西成・京都)2008/2月〜2009/10月
2008/6月下旬〜8月中旬
沖縄・オーハ島(第4次潜伏)
💰 所持金:フェリー片道分のみ
オーハ島第4次潜伏 / 台風で久米島に避難
大阪南港→那覇→久米島→オーハ島。滞在の長さは手記の中で食い違う(見出しは「6月下旬〜8月中旬」=約1か月半〜2か月、本文は「3か月近く」)。断定しない。台風でフェリー欠航→久米島に一時避難。島の老人と話したりパブで観光客と交流。台風後に那覇へ。那覇ではビジネスホテル・バックパッカーホテル・漫湖公園を使い分け。3ヶ月でフェリー片道分のみになり大阪へ。
2008/8月中旬
大阪・西成(長期就労)
西成の飯場で約1年3ヶ月の長期就労
これまでで最も清潔な飯場。月収(手取り)約10万円。【報道による裏付け】報道では、この住み込み先は大阪府茨木市の建設会社の社員寮で、期間は2008年8月20日ごろ〜2009年10月10日ごろ(約1年2か月)、偽名「イノウエ・コウスケ」を使用、寮の部屋から検出された指紋が本人のものと一致した、とされています。決定稿の「西成で職を得た」「約1年3か月」と、報道の「茨木市・約1年2か月」は、職を得た場所と住み込み先が別、期間は体感と記録の差と考えれば両立します。断定はしません。 大阪飯場・堺の工場建設・マンホール交換など。毎朝ニュースチェック後に筋トレ→仕事。池田小学校前を通った際「かわいそうですね」と発言。懸賞金1000万円を知る。女装した手配写真に憤慨。
2008/10/24
イギリス
英国タイムズ紙が「市橋は自殺した」と報道
同日、佐藤勉国家公安委員会委員長が記者会見で否定。
2009/1〜10月
京都・第二京阪沿い
京都・第二京阪の電線共同溝工事に従事
京都方面の長期案件(第二京阪道路沿いの電線共同溝工事)。「100万円を貯めて整形する」と計画。身分証不要の漫画喫茶に入り浸り。同僚と喧嘩し短気を再び反省。
2009/10月中旬
京都現場→大阪→逃走
💰 所持金:90万円超
黒バン目撃で直感的に「刑事が来た」と判断 / 即逃走
寮の駐車場に黒バン・スーツ姿を目撃し刑事と確信。荷物全置き去りで千里中央駅→難波駅へ逃走。ウエストバッグに90万円超の全財産。新幹線で福岡へ向かい、事前に目星をつけていた美容整形クリニックへ。
PHASE 8フェーズ⑧ 最終逃走〜逮捕2009/10月〜11/10
2009/10月下旬
福岡→名古屋(整形第2回)
💰 90万円超のうち40万円を支払い(残額の記載なし)
福岡クリニックで手術拒否 / 名古屋で眉間の整形(40万円)
福岡クリニックは「出っ歯用の手術で不要」と拒否。名古屋の系列クリニックへ高速バスで移動。眉間の形成手術を依頼し40万円支払い。しかし右ほほのホクロ切除跡を執拗に撮影されて不安。術後は漫画喫茶に潜伏し自分で抜糸する方針。
2009/11/5
名古屋
名古屋クリニックが警察に通報
右頬のホクロ切除跡が手配写真と一致と判断。整形手術前後の写真が公開報道される。
2009/11月初旬
大阪府茨木市
大阪の建設会社が報道写真を見て警察に通報
関西地区での警察包囲が強化される。
2009/11月初旬
福岡→鹿児島→熊本
福岡から逃走開始 / 美容院で髪型変更→鹿児島→熊本
翌日の全国ニュースで「福岡・名古屋のクリニックに出現」と報道。即逃走。美容院で髪型変更。高速バスで鹿児島中央駅へ(深夜着)。監視カメラを恐れフェリー乗船を中止。高速バスで熊本へ。PCで神戸から沖縄行きフェリーがあることを知り神戸入りを決断。
2009/11月初旬
熊本→大分方向→熊本
警官に声をかけられ逃走 / 川に飛び込み自転車盗む
翌朝、大分方向へ線路沿いを徒歩中に制服警官から声をかけられ即逃走。有刺鉄線越え・川に飛び込み・自転車盗んで逃走。「どこへ行ったって捕まるぞ!」の声。教習所トイレに隠れ再び自転車盗み熊本駅へ戻る。
2009/11/9
熊本→博多→新幹線→神戸三宮
新幹線(スーツ・ベレー帽・サングラス)で神戸へ
熊本から博多行き切符を誤方向で購入→別の駅で一夜→翌朝博多着。博多から新幹線(車内で制服警官が巡回するも気づかれず)。新神戸で地下鉄に乗り三宮へ。コインランドリーでスーツを捨て新たな服装(ニット帽・グレーパーカー・ジーンズ・ブーツ)に着替え=これが逮捕時の服装。千里中央でコイン式PCを使いフェリー時刻表を調査→公園で野宿。
2009/11/10 午前
神戸→大阪南港
神戸フェリーターミナルへ / 「今日は出ません」で大阪南港へ
東急ハンズで口ヒゲ変装グッズ購入も「陳腐」と即捨て。アイランド北口からバスを待つもタクシーで神戸フェリーターミナルへ。「今日はフェリーは出ません」と職員に言われタクシーで1万円払い大阪南港へ移動(午後3時着)。
神戸フェリー職員が警察に通報
「ほぼ手ぶらで沖縄行きを求めた不審な男」の連絡。大阪南港ターミナルに警官が先回りして待機。
2009/11/10 15:00〜20:17
大阪南港フェリーターミナル
ターミナル2階で出航を待つ / 「離島で餓死するしかない」と覚悟
階段そばの椅子に座り、出航22時ギリギリに駆け込み乗船するつもりだった。「もはや離島で餓死するしかない」と考えていた。
2009/11/10 20:17
大阪南港フェリーターミナル
警官2名に声をかけられ「市橋達也です」と即自首
「名前、聞かせてくれよ」→「市橋達也です」。一切の抵抗なく身柄拘束。住之江警察署に連行。
逮捕 / のぞみ58号で東京へ移送
新大阪発のぞみ58号(11号車多目的室)で移送。車内からマスコミが生中継。東京駅23時45分着、1000人超の報道陣・野次馬で騒然。下車に13分。TBSスタッフが公務執行妨害で逮捕。0時45分、行徳署着。2年7ヶ月の逃走終了。
2009/12/24
報奨金1000万円支払い決定(協力者4名)
2012/4/11
無期懲役判決確定
2026年1月現在、長野刑務所に収監(46歳)。
2026年8月19日 訂正

動画の決定稿と突き合わせ、次の点を直しました。訂正の経緯を残すため、何を直したかを記載します。

この資料は、YouTube「時系列ドキュメントマップ」の
〈市橋達也 逃走の記録〉の制作にあたって集めた記録です。