2026年8月19日 全面訂正
このページには、供述にも報道にも根拠のない記述が含まれていました。訂正の経緯を残すため、何が誤りだったかを明記します。
- 奄美大島に2007年12月〜2008年3月潜伏 → 該当期間は大阪・福井・オーハ島(第3次)。奄美への潜伏はどの資料にも存在しません
- 与論島に2008年4〜9月潜伏 → 該当期間は兵庫県加古川での就労とオーハ島(第4次)。与論島への潜伏も存在しません
- 移動手段に飛行機(LCC) → 沖縄との往復はすべてフェリー。搭乗手続きを通った記録はありません
- 整形手術2回はいずれも大阪市内・2008年10月〜2009年2月 → 1回目=2007年12月下旬・大阪・60万円/2回目=2009年10月下旬・名古屋・40万円
- リゾートバイトで資金を確保 → 収入源は日雇いの土木・解体作業と飯場での住み込み労働
- 現金残高が2009年2月にマイナス10万円 → 推計による曲線そのものを廃止。供述に金額が出てくる時点だけを棒グラフで示します
- 逃亡日数944日 → 961日(2007年3月26日〜2009年11月10日・数え)
- 章立てが他ページのフェーズ区分と食い違い → 概要・タイムライン・ルートマップと同じ8フェーズに統一
- 判決を「2011.7.21 千葉地裁:無期懲役/被告側控訴せず確定」と記載 → 被告側は控訴しており、2012年4月11日に東京高裁が控訴を棄却して確定。一審と控訴審を分けて記載
- 逮捕の決め手は同僚からの通報 → 神戸のフェリーターミナル職員が「荷物がほぼ手ぶら」であることに違和感を持ち通報
訂正前の記述は削除して差し替えていますが、何を直したかはこの欄に残します。
961
逃亡日数
2007.3.26 〜 2009.11.10
4
オーハ島に渡った回数
2007.5 / 2007.6 / 2008.2 / 2008.6
2
医院での整形手術
大阪(鼻)・名古屋(眉間)
¥100万
整形手術に払った額
60万円+40万円
¥1,000万
懸賞金(最終)
2007.6 対象指定 → 増額
9
特定できない地点
A〜I(駅名不明)
所持金 ― 供述に金額が出てくる時点
所持金として語られている額(万円)
棒グラフにしているのは、点と点を線でつなぐと「その間の残高が分かっている」という誤解を与えるためです。
実際に金額が語られているのはここに挙げた6つの時点だけで、その間の増減は記録されていません。
なお最初の「約5万円」は本人が3月27日時点で語った額ですが、その後の移動距離や購入物と釣り合わないという指摘があり、手記の中でも整合していない数字です。
金額が判明している収入と支出(万円)
月収は飯場・現場ごとに語られた額。支出は整形手術2回と、逮捕当日に神戸から大阪南港へ乗ったタクシー代。
このほか九州でキセルが見つかり1,000円を徴収された記録、那覇でアルミ缶を集めて数百円を得た記録があります。
フェーズ別の経過
| フェーズ | 期間 | 主な場所 | 所持金・収入 | 移動手段 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|---|
| フェーズ1 | 2007/3/26〜27 | 千葉・市川市 → 上野 → 秋葉原 | 約5万円矛盾指摘 | 徒歩・自転車・電車 | 刑事の来訪と同時に逃走。裸足でガラス片を踏む。上野の病院トイレで自ら鼻を縫う。野球帽・靴・リュックを購入 |
| フェーズ2 | 2007/3/27〜4月初旬 | 熊谷・茨城・群馬・熱海 | 記録なし | 徒歩中心・電車 | 記憶の断絶期。残飯を漁り、拾った靴と服に着替える。ヘリを全て捜索機と思い込む |
| フェーズ3 | 2007/4月中旬〜下旬 | 新潟・日本海沿岸・青森 | 底をつきかける | 電車・バス・徒歩 | 青い海公園の橋脚の隙間で約1週間。求人に応募するも全て不採用 |
| フェーズ4 | 2007/4月下旬〜5月中旬 | 大阪・西成/四国遍路/九州 | 記録なし | 電車・フェリー・徒歩 | 小説『死国』から遍路を思い立つ。香川→徳島→高知→愛媛を約1か月。キセルで1,000円徴収 |
| フェーズ5 | 2007/5月中旬〜9月 | 那覇・久米島・オーハ島 | 記録なし | フェリー・徒歩 | オーハ島 第1次・第2次潜伏。那覇で日雇い土木を得るが身元を疑われ逃走 |
| フェーズ6 | 2007/9月〜2008/2月 | 西成・神戸・姫路・福井 | 月収25万〜30万円超 逃走時 約80万円 |
電車・バス・フェリー | 神戸の飯場で解体作業。12月にテレビ特集され逃走。大阪で整形第1回(60万円)。福井の現場はパトカー巡回で逃走 |
| フェーズ7 | 2008/2月〜2009/10月 | オーハ島・TDL・加古川・西成・京都 | 逃走時 40万円(6/26) 手取り 月10万円程 |
フェリー・電車・高速バス | オーハ島 第3次・第4次潜伏。加古川で「井上康介」名義。西成で職を得て約1年3か月の住み込み(報道では住み込み先は大阪府茨木市の建設会社の寮・約1年2か月)。京都・第二京阪の長期案件 |
| フェーズ8 | 2009/10月〜11/10 | 大阪・福岡・名古屋・熊本・神戸 | 逃走時 90万円超 | 新幹線・高速バス・タクシー | 名古屋で整形第2回(40万円)→クリニックが通報→大阪南港で逮捕 |
フェーズの区切りは、他ページ(概要・タイムライン・ルートマップ)と同じ8区分に統一しています。「記録なし」は、その期間の所持金が供述にも報道にも出てこないという意味で、ゼロという意味ではありません。
オーハ島への4度の渡島
| 回 | 時期 | 滞在の長さ | 島を出た理由 |
|---|---|---|---|
| 第1次 | 2007年5月下旬 | 記録なし | 真水が作れず自給自足が破綻。農作業に来ていた老人に仕事を頼んで断られ、小舟で奥武島へ送ってもらう |
| 第2次 | 2007年6月〜9月頃 | 約3か月 | 食料が尽きかけ、手元に金があるうちに西成で働くことを決める |
| 第3次 | 2008年2月 | 1〜2週間 | 突然「東京ディズニーランドに行きたい」という衝動にかられ本州へ戻る |
| 第4次 | 2008年6月下旬〜8月中旬 | 記載にゆれ要注意 | 台風の接近で野外生活が困難に。久米島へ避難し、その後那覇へ |
第4次の滞在期間は、手記の見出しが「6月下旬〜8月中旬」(約1か月半〜2か月)としている一方、本文には「3か月近くに上る」とあり、資料の中で数字が食い違っています。
どちらかに決めることはせず、食い違っていること自体を記載します。
なお島は無人島として語られることがありますが、農作業のために通ってくる人がいました。市橋はその人物に仕事を求めて断られています。 島に定住者がいたのか通いの耕作者だったのかは、どの資料も述べていません。
なお島は無人島として語られることがありますが、農作業のために通ってくる人がいました。市橋はその人物に仕事を求めて断られています。 島に定住者がいたのか通いの耕作者だったのかは、どの資料も述べていません。
就労の記録
| 時期 | 場所 | 内容 | 収入 | 辞めた理由 |
|---|---|---|---|---|
| 2007年6月頃 | 那覇 | 日雇いの土木 | 記録なし | 提出した連絡先と住所が虚偽と発覚。同僚に「本当は高橋さん?」と言われ逃走 |
| 2007年9月〜12月 | 神戸(飯場)・姫路ほか | 郵便局・結婚式場・歩道橋の解体 | 月収 約25万円 11月は30万円超 |
12月にテレビの逃亡者特集で取り上げられ、同僚に声をかけられて逃走 |
| 2008年1月 | 福井 | 高速道路造成(山の切り崩し) | 記録なし | 現場事務所にパトカーが巡回に来たため、荷物を置いて裏口から逃走 |
| 2008年3月〜6月26日 | 兵庫・加古川 | 河川敷整備・住宅造成・工場解体 | 記録なし | 懸賞金が100万円であることをニュースで知り、翌日に逃走 |
| 2008年8月中旬〜2009年10月 | 大阪・西成/堺/京都 | 飯場、工場建設、マンホール交換、第二京阪の電線共同溝工事 | 手取り 月10万円程 | 寮の駐車場で黒いバンとスーツ姿の人物を見て「刑事が来た」と判断し逃走 |
加古川の会社での勤務期間について、手記の本文は「2008年2月29日から6月26日」としています。
ただし同じ手記が2008年2月にはオーハ島(第3次潜伏)、3月には東京ディズニーランドにいたと述べており、開始日が噛み合いません。
勤務記録と本人の記憶で出所が異なるものと思われるため、ここでは開始を「2008年3月」とし、食い違いがあることを明記します。
捜査と報道の転換点
| 日付 | できごと |
|---|---|
| 2007.3.26 | マンション4階のベランダの浴槽から、土に埋められたリンゼイ・アン・ホーカーさんの遺体を発見 |
| 2007.3.27 | 千葉県行徳警察署に捜査本部を設置。警察犬の臭気追跡が行徳駅付近で途絶え、靴下のみが発見される |
| 2007.4.1 | 駐日英国大使が記者会見。被害者家族の活動支援を開始 |
| 2007.6.27 | 被害者遺族が専用サイトを開設。顔写真入りTシャツでマスコミに登場し情報提供を呼びかけ |
| 2007.6.29 | 駐日英国大使が再び会見。約6,000枚の手配ポスターを新たに配布。公的懸賞金制度の適用で100万円の懸賞金 |
| 2008.3.13 | 茶髪+眼鏡と女装の2種のイメージ画像を載せた手配ポスターを公開。A3判約4,000枚を掲示、A4判チラシ約3万枚を配布 |
| 2008.3.18 | 被害者の似顔絵つきメモ、遺留品のリュックサック・靴・靴下の写真を公開 |
| 2008.10.24 | 英紙『タイムズ』が「市橋は自ら命を絶った」と報道。同日、国家公安委員長が会見で否定 |
| 2009年 | 懸賞金の上限が1,000万円に。女装したイメージ写真が手配書に使われる |
| 2009.11.5 | 名古屋のクリニックの看護師と医師が通報。右頬のほくろ除去跡が手配写真と一致 |
| 2009.11初旬 | 10月まで市橋を雇っていた大阪の建設会社が報道写真を見て通報。関西の包囲が強化される |
| 2009.11.10 | 神戸のフェリーターミナル職員が通報。沖縄行きの客はほぼ全員が大きな荷物を持つのに、その男はほぼ手ぶらだった。大阪南港に先回りした警官が20時17分に逮捕 |
| 2009.12.24 | 警察庁が、逮捕に協力した計4名への報奨金1,000万円の支払いを決定 |
| 2011.7.21 | 千葉地裁が無期懲役の判決(裁判員裁判) |
| 2012.4.11 | 東京高裁が被告側の控訴を棄却し一審を支持。無期懲役が確定 |
補足
整形手術に払った額(判明分)
100万円
自分の手で行った顔の加工
鼻を糸で縫う/下唇の端を切除/左頬のほくろ2つを切除
判明している偽名
井上康介(イノウエ・コウスケ)
逮捕時の服装
ニット帽・サングラス・グレーのパーカー・ジーンズ・ブーツ・肩掛けバッグ
逮捕時の職業
なし(10月に現場から逃走)
逮捕の決め手
フェリー職員が「手ぶら」に感じた違和感
※ このページの数値は、市橋達也本人の供述(手記)と当時の報道に明記されているものだけを掲載しています。
書かれていない期間は「記録なし」と表示し、推計で埋めていません。
資料によって数字が食い違う箇所は、どちらかに断定せず、食い違っていること自体を記載しています。
本人の供述は本人にしか確かめようがない部分を含むため、内容の正確性を保証するものではありません。